専門職社会人音楽家が音楽について書いています。

利休梅

通り道
大巧寺の利休梅
普通ならば、爽やかな春、の光景です。
さすがに観光客は見かけなかった。
昨日は雪だったせいもありますが、先週の混雑はキケンだと思ったから、少し安心しました。
通勤もいつもの半分ぐらい。
ご商売の方は大変だろうと思います。
せめて地産地消で、地元でお金を使おうと思っています。

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アンドラーシュ・シフ ピアノ リサイタル

シフ卿の日本公演、19日のタケミツメモリアルが最終日でした。
【プログラム】
シューマン: 精霊の主題による変奏曲 WoO24
ブラームス: 3つの間奏曲 op.117
モーツァルト: ロンド イ短調 K.511
ブラームス: 6つのピアノ小品 op.118
***
J.S.バッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻から
       プレリュードとフーガ第24番 ロ短調 BWV869
ブラームス: 4つのピアノ小品 op.119
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 op.81a「告別」
【アンコール】
J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア
モーツァルト: ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 K.545から 第1楽章
ブラームス: アルバムの小品
シューマン: アラベスク op.18
シューマン: 「子供のためのアルバム」op.68から 楽しき農夫
シューベルト: 即興曲 変ト長調 D899-3

ペーター・シュライアー、ピーター・ゼルキン
天に召された二人の偉大な芸術家に捧げる演奏とのこと、冒頭にはシフのメッセージもあり、内容はたしかに告別だったのだと思います。
疫病の犠牲になった多数の人々、そして戦い続ける人類への祈りであったようにも思います。

チケットのもぎりなし、プログラム配布なし。
事務所のほうもいろいろ苦労されたでしょう。
本当に素晴らしい時間をありがとうございました。
聴けなかった方々へ、動画配信があります。
http://youtu.be/28ClBXDR-P0
物販もなかった。
最近出た本です。数冊持参していた出版社の担当から直接購入。
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元気もらったし、せっかく閉じこもっているんだから、ピアノ練習しよう。

ピアノの弾き方@奏法論

「先生は○○門下ですね。」
医学界において、これは結構なキーワード。○○門下とか、△△大◆◆内科、などというと、大体の腕が類推できるらしいし、考え方の基本的なところは透けて見える。
ピアノはどうだろうか。やっぱり、流派によって、弾き方がかなり異なる。
同じように、「○◇門下」は時々独り歩きする。
弾き方について考えてみよう。
椅子の高さ、鍵盤との距離、腕の位置、指の形、鍵盤のタッチなどなど、きりがないが、ある程度の傾向がある。
ざっと分けると、椅子の高さかなと思っている。
低い椅子でどっしりと構えるか、高い椅子で見下ろすように構えるか。
低い位置で弾くと、腕の重みが鍵盤にしっかりとかかりやすい。打鍵を深くして重厚な音を狙うならこちらがよいだろう。
高い位置で弾くと、指と手のひらで体重を支えて、打鍵をコントロールすることになる。浅い打鍵で中間色のような色彩を出すならこちらが有利かもしれない。
高い座り位置から、低音成分の倍音を十分に含ませた重厚な音を出すのは簡単ではなく、かなり訓練が必要かもしれない。

その昔、日本のピアノの生徒は「ハイフィンガー法」と呼ばれる弾き方を習いました。
「卵のかたち」に手を保ち、指先は垂直に鍵盤に向かう、というものでした。
時代が流れて、何人もの有名な日本人ピアニストさんたちが、世界に通用せずに苦労をされて、いろいろと演奏法や指導法を学ばれたその結果、ハイフィンガーの呪縛からピアノの生徒が解き放たれたといわれております。
代わりによく聞く奏法は、「重力奏法」であります。
ロシア奏法とか、指歩き奏法とかと言われるものも、たいがいは「重力奏法」のなかまです。
体重を腕から指先へ、そして鍵盤からハンマーへ、自在に伝えるための効率的な弾き方を考えると、肘から末梢側は曲がっていないほうが良いでしょう。
そして、指の第三関節(付け根の関節)で体重を支え、細かい動きはローリングや、重心移動で行うことになり、指そのものの速い動きは重要性が少なくなってくるらしい。

さて、わたくし、自分の奏法を眺めてみると
いろんなものを混ぜているなと思います。
古典的なものを弾く時は、それこそ生卵でテーブルをたたいているような感じが欲しくて、ハイフィンガー的です。
同じ古典の楽曲のなかでも、ちょっと色気を出したいなというときに、重力奏法的に弾き方が変わっている様子です。
ロマン派以降になると、ハイフィンガー的な弾き方では弾ききれない部分が多いので、文字通り手の内で転がしているような感じになっている様子です。
腰の立て方、背中の角度を調整して、見下ろすか、深い打鍵をするか、を調整しているようです。

その弾き方はダメ、とか、○○奏法が絶対いい、とか、それはどうなんでしょうかね。
奏でたい音楽に、出したい音色に、ちょうどよいものを自分の引き出しの中から出せたら、それがいいんじゃないかなと思っています。
ハイフィンガー、わたしは否定しません。

人間性豊かな指導者に恵まれても、検査至上主義から抜け出せなかったり、戦いましょうと言い続けたりする医者もいる。
経歴は素晴らしいのに、全く尊敬できない種類の人もいる。
しかしながら、どんな環境で育ってきても、切れがよくてセンスがいい、ときに人の気持ちがわかる医者が確かにいるわけですから、自分の音楽を探し続ける旅はきっと無駄ではありません。

アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル

コンサートが中止になってばかりで、息が詰まりそう。
シフ卿はやる気満々で、開催になりました。
2020年3月12日(金) 東京オペラシティ コンサートホール

プログラム
メンデルスゾーン: 幻想曲 嬰ヘ短調 op.28「スコットランドソナタ
ベートーヴェンピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78「テレーゼ」
ブラームス: 8つのピアノ小品 op.76
       7つの幻想曲集 op.116
J.S.バッハ: イギリス組曲第6番 ニ短調 BWV811

アンコール
J.S.バッハ: イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第12番 変イ長調 op.26「葬送」から 第1楽章
メンデルスゾーン: 無言歌第1集 op.19bから 「甘い思い出」
          無言歌集第6巻 op.67から 「紡ぎ歌」
ブラームスインテルメッツォ イ長調 op.118-2
シューベルトハンガリー風のメロディ D817

アンコールがいつものようにすごかった。
プログラムは後半が良かった。イギリス組曲がやはり素晴らしかった。
今回、数カ所のリサイタルが中止になって、彼も残念だったでしょう。
会場に空席も目立ちましたが、そして多少せき込む方もいましたが特に暴動もなく(苦笑)
皆が上質な音楽に飢えていたことを知りました。

桜も咲きますね。
感染症との戦いは、地上の生命すべての課題なんだし、人類は勝ったことなどないのだから
謙虚に行きたいものです。
問われているのは、各自の品位とモラル、怖いのはウイルスなんかじゃなくて、人間の闇なんだから。

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選曲

次に何を弾こうかな!
選曲の楽しみは、演奏者の醍醐味。

素敵な曲だわ!は、もちろん最高のモチベーションです。
もうちょっとこの作曲家を深めよう、も良い心がけですよね。

自由な大人であるわたくしは、テーマを作って1年ぐらいのまとまったプログラムを作っています。
幸いにして、完璧を求められているわけではなさそうなので、難曲でもかなり気軽に手を出します。後悔しますが。
1年ぐらいたつと、60~80分ぐらいのプログラムになります。
数人で開催するコンサートにちょうど良い感じです。

例えば、昨年の場合
”幻想”を主題にしました。
ショパン ポロネーズ”幻想”
ロベルト・シューマン ”幻想曲”
ホアキン・トゥリーナ ”幻想舞曲集”
連弾 ベルリオーズ ”幻想交響曲 舞踏会”

組曲1冊弾き、もよくやります。4年ほど前のチャレンジ。
ラフマニノフ 楽興の時、コルレリ変奏曲 
後悔することも多いですが、うわっと思った曲が、多少なりとも手の内に入ってくるとき、楽譜の中の、彼らの暗号を見つけたとき、それは時に誤植の発見でもありますが、そこには無上の喜びがあります。
元来が研究者なので、追求し始めると、弾かなくなり、楽譜と文献に埋もれる日々になってしまいますが、わたしにとっては機械的な練習よりもはるかに大事な時間です。
見られる限りの版を見比べ、古近東西の巨匠や新人の演奏を聴き、弾くべきものを決め、だから、ここはこのように響かせたいと思います、と主張できたとき、たとえ違う意見だったとしても、作曲者は微笑んでくれると思うのです。

選曲に迷ってしまい、先生にお任せ、の方が結構多いようです。
もちろん、経験豊かな先生が、その方の演奏力や向き不向きを考えて、決めてくださるのは良いことです。
でも、自分が素敵だと思った曲、弾きたいと思った曲を弾く。これって、大人の醍醐味ではないかしら。
先生に提案してみたら、玉砕した、という話はよく聞きます。
あまりに無理なものは、文字通り怪我のもと、ですからおすすめしません。
ですが、玉砕の理由が単純に先生がお得意でない、等の理由だったり、他の人が弾く、とか、去年弾かれた、などの理由であることもあります。
弾きたい、と思うものは、独学でも弾いてみるとよいと思います。
幸いにして、いまはたくさんの楽譜が比較的簡単に手に入ります。
新しい作曲家や、ジャンルに挑戦していくのも楽しいことです。
そして、楽譜は、ぜひ正規に購入して使用してください。作曲家を守ることは、遠い未来の音楽を守ることにつながりますから。

エステ荘の噴水

 
エステ荘の噴水
巡礼の年第3年 イタリアよりS.163/R.10 A283Liszt, Franz:Années de pèlerinage troisième année "Les jeux d'eaux a la Villa d'Este

この曲は、演奏活動を再開したころに弾いた一連の曲の中で、わたしにとっては重要な転換点となった作品です。技巧的には、上級の下のほう、に位置するかと思います。

転換点というのは、楽譜通りにきっちり弾いても何も伝えることができないということを実感したから、どのように聞こえるのかを計算することの大切さがあるということ、それは感性だけで実行できる演奏家もいると思うのですが、理論的に考えることはとても大事だと気付いたことでした。、この曲が重要である点は、ピアノ史上、もっとも重要な作曲家の一人であるリストの書法が一通り学べる作品でもあるからでしょう。リストは、幾何学的で数学的な頭脳で、理論的な作曲をしますが、本質はロマンチックで夢みる人です。そして敬虔なキリスト教徒であります。そのすべてがこの曲にあります。

和声構造は複雑に変化しますが、移行は数学的です。曲としては、大きな和音で作られる主題と、トレモロ・トリルと分散和音で構成されています。印象派のように、水の様々な動きを現していますが、焦点はキリストの出現(144小節目以降)にあります。ここから先を、大船に乗ったような雄大さで描きたいところです。。

技術的には、高低差の大きい分散和音と、重音トリルが問題なく弾けることが条件です。加えて、転がるような音色のために、1/4刻みぐらいのタッチコントロールが最低でも必要でしょう。ペダル操作も重要、大きいところは踏みっぱなし、細かい水の陰影を出したいところはペダルの深さを変え、ビブラートなどを使ってください。

細かい部分を見ていきましょう。

前奏に当たる部分(39小節まで)は水の表現です。緩急をつけ、始めと終わりを少し遅く、真ん中を早く演奏するようにして、ピークがわかるように少し短めのスパンを意識し、なおかつ全体的な流れを大きくとるとよいと思います。ppのところは水がポトンと滴るような感じ。

Um poco Marcato=40小節からは上の声部に甘美な主題が現れ、左に応答型があります。主題は左に降りたりするので、しっかり出しましょう。細かい音はすべて水の表現で、装飾ですから大きく響きすぎないように、1/4タッチぐらいで。素晴らしいものの予感。

144小節から三段譜になったところはキリストの出現です。D-durに転調していて、輝かしい印象とともに出現します。右に大きな主題、続いて、左の上の声部に大きな主題が出ます。演奏が難しい場所ですが、落ち着いて左手親指でテーマをしっかり。

158小節でFis-durに回帰したあとは、救いを見た安堵の心地です。途中でA-dur左で大きくテーマを拾う部分があり、余談ですが、このあたりに使われる音階はリストらしいハンガリー的な音階になっていて、個人的にとても好きな部分であります。204小節からFisに回帰します214小節冒頭の八分休符は大きく呼吸をしてください。ゆったりと大きく、Briosoからの水のきらめきは天国のように。最後は、大船に乗って海原に出るように、またはあこがれの新大陸が見えたかのように。

構成はこのように、大きく4つ、主題は宗教的な救いの音楽であります。具体的になにを思い浮かべても良いのです、大きな素晴らしいものに出会った、という演奏をするとよいかなと思います。

この曲を弾く方は、それなりに弾ける方だと思います。技術は練習でカバーできます。必ず弾けるはずです。楽曲がすばらしいですから、楽譜通りに音を出すだけでも素敵ですが、それでは非常につまらない。それより上の、印象に残る音楽、のためには、ここを聞いてほしい、というエネルギーを考えている5倍ぐらい注入することだろうな、弱音のなかの主張にはさらに10倍の魂を込めることだろうな、とわたくしは思います。テクニカルには、accelをかけるところ、rubatoで緩めるところの緩急をバランスよくとることでしょうか。

★楽譜の選択:ムジカ・ブダペスト・リスト原典版 またはヘンレ版をお勧めします。